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大阪高等裁判所 昭和54年(行コ)77号 判決 1981年4月21日

控訴人(被告) 八尾市水道事業管理者

被控訴人(原告) 出口興産株式会社

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

一  当事者の求めた裁判

1  控訴人

(一)  原判決を取消す。

(二)  被控訴人の請求を棄却する。

(三)  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

2  被控訴人

主文と同旨。

二  当事者の主張

次に付加するほか、原判決事実摘示のとおりであるからこれを引用する(但し、原判決三枚目裏二行目の「八号」の次に「(昭和五二年八尾市水道局管理規程第四号による改正前は七号)」を挿入し、六枚目表二行目の「施工」を「施行」と改める。)。

(控訴人)

1  水道事業を経営するものは厚生大臣の認可が必要であるが、右認可は講学上の特許に該当するものであり、従つて水道事業に含まれる給水装置工事業者の公認も同様に講学上の特許と解すべきであるから、その裁量の範囲は広いといわねばならない。

2  水道事業者が事業の一部である給水工事の全過程を自ら処理するかどうかは事業者の人的・物的制約からくる政策的・便宜的な観点から決定されており、右給水工事を私人が代行するにしても、その実質は事業者の手足として工事を遂行するにすぎず、代行により給水工事自体が営業許可制におけるような営業に転化するものではない。従つて代行させる私人の選定にあたつては雇傭におけると同程度の人的信頼関係が不可欠である。今日では各市において事業者自らは工事の設計、施行の段階で工事受付、設計審査等を行なうのみで、工事施行については全て公認業者の責任施行となり、工事の竣工時に現地で工事検査を行なうという完成検査制度が採用され、控訴人においても右完成検査制度を確立させるに至つているが、これは事業者と公認業者との人的信頼関係の存在を当然の前提としているのである。それゆえ事業者が公認の可否を決定するに際し、当該業者が工事施行、工事材料の使用等全般にわたつて全幅の信頼に応えられるかどうか、給水工事を誠実に遂行する意思を明確に有しているかどうかという見地が不可欠なものとなり、この意味においても公認の可否決定における裁量の範囲は必ずしも狭いものとはいえない。

3  控訴人は、本件公認申請、説明・面接、所有機器調査等の一連の過程における被控訴人の言動、協力態度などから、被控訴人は右信頼関係を全く欠くと判断せざるをえなかつた。

公認業者としての人的適格性の指標は給水工事を行う意思、能力の有無に対する評価に基づくものであるが、被控訴人は八尾市において給水工事を行なう意思など毛頭なかつた。

すなわち、被控訴人は東大阪市において水せん改良工事につき実績を有しているが、右は水洗便所の設置に伴い、そのタンクへ給水する給水管を増設する工事にすぎず、被控訴人の本来の営業は排水設備工事をなすことにあつた。被控訴人は八尾市においても右給水管増設工事を自己の排水工事と併せて施行しようとしたが、給水管増設工事は下水排水設備公認業者では認められず、上水の給水工事公認業者のみ認められるので、その便益を受けるため本件公認を得ようとしたのである。

加えて東大阪市と八尾市とでは公認業者の給水工事の技術的範囲が重要な点において異なつており、八尾市では第一種及び第二種技能者を必要とし、給水工事の対象が本管からの分岐点から施行出来て、分岐について切りとり接合もなしうるのに対し、東大阪市では第一種技能者で足り、工事も第一止水栓から内部のみの工事で、かつ分岐については穿孔工事に限られているところ、被控訴人は右第二種技能者をおいていなかつた。

これらの事情と、被控訴人が給水工事に必要な機器を殆んど準備していなかつたことや、被控訴人の「上水はやらん、下水をやる」との発言をあわせ考えると、被控訴人は八尾市で給水工事の公認を得ても、給水工事をせずに排水設備工事を専業とするつもりであつたものであり、給水工事をするとしてもせいぜい右排水設備と直結する給水管工事ぐらいしかする意思がなかつたことが明らかである。

(被控訴人)

1  水道事業の認可が講学上の特許の性格を有するとしても、そのことから直ちに給水装置工事業者の公認が特許に該当するとはいいえない。給水装置は需要者の負担により設置されるもので、主としてその需要家のみの利害に関するものであるから、その工事が国民の生活、環境衛生に与える影響において水道事業のそれよりはるかに小さいことからすれば、右公認に際しての裁量の範囲は狭いものというべきで、その公認は講学上の許可と解すべきである。

仮に許可に該当しないとしても極めて覊束裁量的な自由裁量処分であり、裁量権のゆ越や濫用がある場合当然司法審査の対象となりうる。

2  給水業者公認の可否決定に際し控訴人のように人的信頼関係を強調するのは公認処分が水道事業管理者の恣意により決定されることになつて相当でなく、そもそも控訴人の公認業者規程には人的信頼関係を要求する根拠規定など存在しない。

3  被控訴人は八尾市での給水工事部門の事業拡張を企図して本件申請をなしたものであり、控訴人のように東大阪市での工事実績をとらえて八尾市において給水工事を行なう意図を有しないと判断するのは相当でない。

4  被控訴人は本件公認申請に際し第二種技能者の記載をしなかつたが、それは記載が必要である旨の説明がなかつたからであり、当時二名の第二種技能者を雇用していたから技術に欠けるところはない。

東大阪市と八尾市で給水工事の技術的範囲が異なるとの主張は争う。東大阪市でも八尾市と同様第二種技能者の存在を必要とし(慣行として不在でも差し支えないとされているに過ぎない)、また配水管から止水栓までの工事も併せて施行することができる。

三  証拠<省略>

理由

一  当裁判所も控訴人が被控訴人に対してなした給水工事公認業者の公認申請却下決定は違法であり取消すべきものと判断する。その理由は次に付加訂正するほか、原判決の理由説示のとおりであるからこれを引用する。

1  原判決八枚目表五、六行目の「年間二、三〇件以下」を「水せん改造工事に伴う給水工事が主で、一般給水工事は年間数件程度」と、一四枚目裏二、三行目の「ではない」を「できない」と各改める。

2  控訴人は、水道事業に関する厚生大臣の認可が特許に該当するので給水装置工事業者の公認も同様特許と解すべきであり、従つてその裁量の範囲は広いと主張する。

なるほど、水道法六条一項が水道事業を経営しようとする者につき厚生大臣の認可を要する旨規定したのは、水道が国民の日常生活に直結し、その健康を守るために欠くことのできないものであり、かつ水が貴重な資源であることに鑑み、水道及び水道施設並びにこれら周辺の清潔保持並びに水の適正かつ合理的な使用をはかる必要上、当該水道事業においてその事業計画、水道施設の工事設計、給水区域、供給条件等が法の定める基準に適合していると認められる場合に限り、それも原則として市町村に対してのみ認可を与えるべきものとしたことによるものであり、それゆえ右認可については水道法に定める趣旨からみて厚生大臣に相当広範な裁量が認められるものと解される。しかし給水装置工事はこれと異なり、水道事業者によつて既に施設され給水がなされている配水管から、更に個々の需要者に水を供給するために給水管を分岐設置し、及びこれに直結する給水用具を設置あるいは改造する工事であつて、その工事の施行担当者指定についての審査は水道事業者認可に比べると極めて限られた要件の存否を判断すれば足りるから、その公認の際の裁量の範囲も水道事業の認可に比較して狭いことは明らかである。

3  控訴人は、八尾市においてはいわゆる完成検査制度(責任施行)が確立されているから、水道事業者と公認業者の人的信頼関係が不可欠であり、被控訴人はその人的適格性を欠いていると主張する。

しかしながら、公認の際の裁量範囲が比較的狭いことは判示のとおりであるから、責任施行が採用されているからといつて直ちに人的信頼関係といつた主観的かつ広汎な要件が特に公認基準として顕著に存在しているものとは認め難く、むしろ給水装置業者の公認は、その者が水道事業者に著しく非協力的でその監督指導に従わないことが明らかに予見されるような場合は別として(被控訴人がこれに該当すると認めるに足る証拠はない)、条例の定める公認基準に適合している限り原則としてこれを公認することとし需要者に対するサービスの向上、不良工事の防止などは業者間の自由競争の保障及び公認後における適切な監督権の行使によつて達成しようとするのが制度の趣旨を活かすゆえんであると考えられる。

4  被控訴人が八尾市において給水工事を施行する意思を有していたこと、右給水工事に必要な人員及び器材は仕事量の増加に伴ない適宜配置しようとしていたことは引用部分記載のとおりであつて(被控訴人が第二種技能者、責任技術者を雇用していることは成立に争いがない甲第八ないし第一〇号証により明らかである。)、当審での証人東田幹章の証言をもつてしても右認定を左右するに足りない。

二  よつて原判決は相当で、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥村正策 志水義文 森野俊彦)

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